丸井のはじまり。中野マルイ Story。(後編)~中野の街と歩み、間もなく一世紀~【まるっと中野】
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更新日:2026年4月17日
ナカノ観光レポーターの十六夜(いざよい)です。今回は後編として「中野マルイ」をご紹介します。
2011 年、新生「中野マルイ」の誕生と 15 年の歩み
「丸井中野本店」として 70 年以上営業してきましたが、2007 年に老朽化のため一度幕を下ろすことになりました。
多くの区民から惜しむ声が上がり、その声に応えるべく、2011年、全く新しいコンセプトを掲げて誕生したのが現在の「中野マルイ」です。
そして 2026 年 1 月 28 日、この新生・中野マルイはオープンから 15 周年を迎えました。
「ファッションのマルイ」から「暮らしに寄り添うマルイ」へ。
この 15 年間で、店舗は劇的な進化を遂げました。地下 1 階は、食の専門店街「ダイドコテラス」として展開されており、日常の食卓を彩る高品質な食品が揃うフロアとなっています。
地下 1 階の野菜・果物の「定松」
地下 1 階 鮮魚・寿司の「魚耕」
5 階にある「HARA8(はらっぱ)」は、従来のフードコートの枠を超えた「多様性フードコート」として、地域の幅広い層に支持されています。単なる食事の場を超えて、思い思いのスタイルで 過ごすことができる場所で、「レストラン×フードコート×テイクアウト」を自由に選べるハイブリッドな空間です。
「HARA8(はらっぱ)」
店舗に併設された約 860 平方メートルの緑地「四季の庭・水辺の庭」は、ビオトープやベンチがあり、都会の喧騒を忘れてリフレッシュできる「都市のオアシス 2025」として認定されました。都市部において、誰もが自由に立ち寄れる「公開性」や、生物多様性に配慮した「環境貢献度」などが高く評価され、買い物だけでなく、自然を感じたり、ただ座って休憩したりできる開放的な空間が魅力です。
15 年前のオープン時に植えられた庭園の木々も、今では立派に成長し、かつての遊園地のように子供たちの笑い声が響く場所となっています。

中野マルイの「四季の庭・水辺の庭」
中野マルイは「丸井創業の地」として、単なる商業施設を超えた地域密着型のコミュニティ拠点としての魅力を持っています。
かつて中野にあったもう一つの丸井
高度経済成長期にかけて丸井は、中央線沿線や首都圏の主要駅前へと急速に店舗網を拡大しました。
中野には中野丸井本店のほかにもう 1 店舗丸井が存在していました。場所は新井薬師駅の南口です。1960 年(昭和 35 年)に「新井薬師駅前店」として開設しました。
木造 2 階建てで売場面積 121 坪、階段を取り巻くスキップフロアで、限られた敷地を有効活用しつつ、客を上の階へ自然に誘導する動線設計でした。当時としてはかなり斬新な店舗で、冷房(空気調節設備)も備わっていました。
当時の「新井薬師駅前店」
5 年後の 1966 年(昭和 41 年)に閉店し、その後に大和銀行(現:りそな銀行)の新井薬師支店になり、現在ではパチンコ・スロット店に建て替わっています。
次の 100 年へ、中野と共に
この記事を書いている私、十六夜(いざよい)は、実は丸井グループ本社に勤める社員です。長く中野に勤務している中で、中野が大好きになり、中野のことをもっと深く知っていただきたい想いで、観光レポーターとしてみなさまに情報を発信しています。
今、中野駅周辺は 100 年に一度と言われる再開発の真っ只中にあります。新しいビルが建ち、駅の姿が変わり、街がどれほど近代化されようとも、中野マルイの根底にあるものは変わりません。
1931 年に始まった丸井の物語は、中野マルイの 15 周年という通過点を経て、2031 年の創業 100 周年、さらにはその先の未来へと続いていきます。
「中野で生まれてよかった、中野に丸井があってよかった」。そう思っていただける存在であり続けるために、中野マルイはこれからも、この街の灯火として、みなさまの日常を優しく照らし続けていきたいと思っております。
中野マルイ
住所:東京都中野区中野3-34-28
アクセス:中野駅南口から徒歩2分
電話:03-3382-0101
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このページは区民部 文化振興・多文化共生推進課が担当しています。
