<三岸家住宅アトリエ>木造で実現した戦前のモダニズム建築、2026年秋に再生へ【まるっと中野】
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更新日:2025年12月12日
1934年創建時の三岸家住宅アトリエ (C)三岸アトリエ
中野区の北西部に位置する鷺宮(さぎのみや)。戦前まで茅葺き屋根の農家や畑、雑木林が広がるのどかな土地でした。そんな時代に建てられた「三岸家住宅アトリエ」は、地域住民から「豆腐の家」と呼ばれ、長年親しまれてきました。家族の手で大切に受け継がれてきたこのアトリエ。2024年に耐震再生事業を展開する「株式会社キーマン」に継承され、2026年秋頃の完成を目指して大規模改修が進められています。
三岸家住宅アトリエはどのように生まれ、そして生まれ変わるのでしょうか?
ナカノ観光レポーター「Kana Naka」が現地を訪れ、その軌跡を紐解きます。
国際様式のモダニズム建築を木造で実現した住宅アトリエの誕生
創建時のアトリエ内部。三岸好太郎の《海と射光》《雲の上を飛ぶ蝶》(ともに1934年)が正面の壁に飾られている (C)三岸アトリエ
三岸家住宅アトリエ(以下、三岸アトリエ)は、画家・三岸好太郎(1903~1934)と節子(1905~1999)夫妻の創作拠点として、1934年(昭和9年)10月に建てられました。設計を手がけたのは好太郎の友人であり建築家の山脇巌(1898~1987)。
始まりは1929年のこと。ともに画家であった三岸夫妻は、鷺宮に最初のアトリエを建てます。(跡地には子孫の住居棟であった「カーサビアンカ」が今も残る)その後、画家でありながら新たな表現方法として建築の分野へと興味を広げていた好太郎は、当時最先端であった国際的なモダニズム建築を体現するアトリエの建設を計画。
1934年3月頃、バウハウス※1留学から帰国して間もない山脇に好太郎が手渡したのは、ガラス窓が三方を囲む白い直方体の建物のスケッチ。内部には螺旋階段が配された、近代感覚にあふれたものでした。※2
※1ドイツ・ワイマールに創設された総合的造形教育機関。(1919~1933年閉校)
建築とデザインにおけるモダニズムの基礎を築いた。
※2参考資料:文化遺産オンライン「アトリエ・デザイン」(1934年)北海道立三岸好太郎美術館蔵
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/234191(外部サイト)
創建当時も赤色に塗られていた旧玄関扉への通路 撮影者:Kana Naka
本来は鉄骨造が主流の建築様式でしたが、予算の都合から好太郎は木造での建設を希望。山脇の挑戦は形となり、戦火や構造上の不具合を乗り越えて現存する、国内でも稀な木造モダニズム建築として、2014年に国登録有形文化財に登録されています。
玄関の壁には電車の網棚がつけられている 撮影者:千葉正人 (C)三岸アトリエ
2025年現在のアトリエ内部 撮影者:千葉正人 (C)三岸アトリエ
好太郎はアトリエ建設中の1934年7月、かねてより患っていた胃潰瘍により31歳の生涯を閉じました。
残された節子はひとり、3人の子育てをしながら画業に励み、同年10月にアトリエを完成させます。翌11月には「三岸好太郎遺作展」を開催。三岸アトリエは好太郎最後の「作品」となったのです。
節子は1968年に63歳でフランスへ移住するまでこのアトリエで絵を描き続け、数々の名作を生みだしました。
2026年秋、『新(シン)木造モダニズム』三岸家住宅アトリエ再生へ向けて
三岸家住宅アトリエ大改修プランイメージ (C)建築継承研究所
三岸アトリエは創建後少なくとも3回の改修が行われ、増改築や応急修繕が繰り返されて今に至ります。
そのため、バウハウス由来の建築として最大の特徴であった二層吹抜けコーナーウィンドウは姿を消しています。
今回、株式会社キーマンによる改修で、コーナーウィンドウの復活が計画されているそうです。
また、「木という素材でモダニズムを実現した」という当時の精神を活かし、あえて「木」という素材にこだわり未来へと進化させる『新(シン)木造モダニズム』というキーワードを掲げ、プロジェクトが遂行されています。
1958年頃アトリエの隣に増築された応接室とカーサビアンカ(写真奥) 撮影者:千葉正人 (C)三岸アトリエ
南仏の雰囲気を感じさせる中庭から臨む応接室 撮影者:Kana Naka
中庭には別宅のあった大磯の海岸から節子が持ち帰った石が埋め込まれている 撮影者:Kana Naka
中庭の水場には節子が描いたタイルが今も残る 撮影者:Kana Naka
増設された応接室内部。節子のイメージを元に息子・黄太郎がデザイン。改修の際にカーサビアンカへ移設される予定。 撮影者:千葉正人 (C)三岸アトリエ
「REDO神保町」※3が2024年のグッドデザイン賞ベスト100※4に選ばれるなど、古い建物の再生に実績を重ねてきたキーマン。一方、アトリエの存続を願ってきた家族は、自宅であるカーサビアンカを手放し、保存と活用の道を模索していました。
そんな中、売却物件として公開されていたカーサビアンカの外観を視察しに訪れたキーマンのスタッフが、帰宅した家族と偶然出会います。思いがけず内部へ案内されたことが、三岸アトリエとカーサビアンカの双方を引き受けるきっかけとなったそうです。
三岸アトリエ、カーサビアンカともに改修後は、従来通りレンタルスペースや展示・講演会のほか、美術・建築書籍の閲覧スペースや地域コミュニティの場としての活用も検討されているとのこと。レンタルスペースの運用は2026年1月まででいったん休止。月に1回行われてきた一般公開は、工事の進行状況を見ながら、開催可能なタイミングで続けられる行われる予定です。2026年秋の東京文化財ウィークでは、どのような「新しい文化財のかたち」が現れるのか。期待が高まります。
ナカノ観光レポーターKanaNakaがお届けしました。
※3キーマンが手掛けた東京神保町にあるシェア型複合施設
※4公益財団法人日本デザイン振興会主催。総合的にデザインの評価・表彰をするグッドデザイン賞受賞対象の内、特に高い評価を得た100件
三岸家住宅アトリエ
撮影者:Kana Naka
所在地:東京都中野区上鷺宮2-2-16
アクセス:西武新宿線 鷺ノ宮駅北口徒歩約12分
お問い合わせ先:三岸アトリエ運営事務局
TEL:03-6820-0707
営業時間:10:00-17:00 (土日祝・GW・夏季休暇・年末年始を除く)
メール:miguici-atelier@keyman.co.jp
ホームページ:
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このページは区民部 文化振興・多文化共生推進課が担当しています。
