「北方領土」を学んでみませんか
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更新日:2023年10月10日
「北方領土」とは、択捉(えとろふ)島・国後(くなしり)島・色丹(しこたん)島および歯舞(はぼまい)群島からなる四島のことです。
まずは歴史から 北方領土の変遷
- 18世紀末からは江戸幕府の直轄地として、日本人の手によって開拓されていました。
- この事実を踏まえて、安政元年(1855年)に、当時自然に成立していた択捉島とウルップ島(得撫島)の間の国境をそのまま確認する「日魯通好条約」が日本とロシアとの間で調印され、「北方領土」が日本固有の領土として初めて国際的に明確にされました。
- 日露国境の再編をした明治8年(1875年)の樺太千島交換条約で、樺太(サハリン)の一部に対する権利を譲り渡し、得撫(うるっぷ)から占守(しゅむしゅ)までの18の島(千島列島=クリルアイランズ)の領土権を取得しました。
- 昭和26年(1951年)のサンフランシスコ平和条約で千島列島に対する領土権を放棄しましたが、この千島列島に「北方領土」は含まれていません。
- 「北方領土」は、このような変遷でありながら、戦後70年以上を経た今日に至るまで問題は解決しておらず、日本とロシアの間の平和条約はいまだに締結されていません。
さまざまな活動で知ることもできます 2月7日は「北方領土の日」
政府は、北方領土問題に対する国民の関心と理解を深め、北方領土返還運動の盛り上がりを図るために、昭和56年1月に、「日露通好条約」が調印された2月7日を「北方領土の日」として制定しました。
毎年「北方領土の日」には、「北方領土返還要求全国大会」が開かれています。
また、2月と8月に「北方領土返還運動全国強調月間」として、全国各地で講演会やパネル展、返還実現等の署名活動等さまざまな取り組みが行われています。
これらのイベントでも「北方領土」を知ることができます。
ずっと動いています
令和2年9月には、日露首脳電話会談が行われ、両首脳は、2018年11月に「1956年宣言を基礎として平和条約交渉を加速させる」ことで合意したことが改めて確認されました。
私たちの日本 そして世界のために
北方領土問題の解決のためには、この問題に対する私たち一人一人の正しい理解と協力が必要です。
「北方領土」については、内閣府の「北方対策本部」(外部サイト)などのページでくわしい情報を見ることができます。
私たちの暮らす日本、そして世界の平和のために、知ることからはじめてみませんか。
関連情報
領土・主権展示館(新しいウィンドウが開きます。)(外部サイト)
外務省 日本の領土をめぐる情勢(新しいウィンドウが開きます。)(外部サイト)
独立行政法人北方領土問題対策協会(新しいウィンドウが開きます。)(外部サイト)
北方領土の返還を求める都民会議(新しいウィンドウが開きます。)(外部サイト)
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このページは企画部 企画課が担当しています。
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