第2回 これからの中野の教育検討会議 会議要旨

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更新日:2023年8月3日

開催日時 平成21年7月24日(金曜日) 午後7時2分~午後9時2分
開催場所 中野区役所 教育委員会室
出席者委員葉養正明、藤井穂高、伊藤亜矢子、西村彰史、大野道高、桜井多加子、金沢美代子、高木基行、野呂文広、牧井直文、鈴木由美子、竹内沖司、田辺裕子、寺嶋誠一郎、喜名朝博、合川昭、吉村恒治
(敬称略、順不同)
事務局企画財政担当、学校再編担当、統括指導主事
傍聴者1人
会議次第【議事】
1 中野の目指す人間像について
2 その他

1 開会

会長
 前回の検討会議で要求があった2件の資料が、事前に事務局から送付されていると思う。資料1「通塾の状況に関する調査結果」については、この後の協議内容に関連するため、その中で説明をお願いしたいと思う。資料2の「行政評価(自己評価)結果について」は、今後の協議の参考にしていただきたい。

2 議事

◆議事(1)中野の目指す人間像について

 中野区の目指す人間像について、資料1「通塾の状況に関する調査結果」及び資料3「学力向上にかかわる検討課題」により説明。

会長
 今の説明内容について、質問・意見があればお願いしたい。

委員
 これらの学習塾には、およそ何時間ぐらい通っているのか。

委員
 この調査は、通塾の状況調査のため、時間についてまでは把握できない。

会長
 ある業者の調査で、週何回、週何時間ぐらいとかを大都市、中都市、小都市でクロス集計したり、学力の高い子がどういう傾向であるかなどをデータ化したものがある。
 業者の調査によるとやはり学力の高い子と低い子では、高い子の方が通塾率が高いことや長時間通っているなどのデータが出ている。かなり大規模な調査ではあるが、中野区の子どもがどうであるかはわからない。

委員
 この資料の学習塾には、いわゆる通信教育は含まれているのか。あくまで学習塾に通っているという調査か。

委員
 学習塾に通っているという調査であるが、家庭教師は含まれている。

委員
 分析データとして、通塾率が上がるにつれて学力が高くなるということはよく書かれている。学校に行っていても学力がつかないが、塾に行っていることで学力がついているのではないかという分析もある。中野区でそのあたりがどうなっているのか、とても気になる。

会長
 常識的に推測されるようなことが、データで少しずつ出てきている。親の学歴や経済的豊かさといった指標と学力が関係するようなデータも出てきている。ただ、中野のこういう数字の中身がどうであるかというのは、これを細かく分析してみないとわからない。

委員
 中野区は、小学6年生の子どもの塾に通っている率が東京都に比べて結構高い。逆に言えば、通っていない子の割合が少なくなっている。中学生よりも小学6年生の方が通っているというのは、私立中学校への進学を目指すということが反映しているのではないかと思う。

委員
 私の感覚では、学習塾の中でも進学塾というものといわゆる通常の学習塾というのでは、かなり意味合いが変わってくると思う。小学6年生くらいになって増えてくるのは進学塾だ。進学を目指すため、進学塾に通い始める子どもは5年生くらいから増えてくる。
 また、特に小学生の場合、圧倒的に大きな影響を受けるのは交通の便だと思う。要するに、交通機関などを使い遠距離まで行かないと学習塾がないような地域に住んでいる子どもの場合、危険性があるため学習塾に行かないのでないかと思う。
 都内の中でも交通の便という視点で捉えた場合、中野区は割と交通の便がいいので、学習塾に通っている割合が高いと感じている。

会長
 国立・私立への流出というのも、中野区はかなり高いのではないか。自治体差が相当あり、都心や23区は高く、武蔵野あたりになると少し低くなってきて、もっと都心から離れた地域になるとさらに低くなる。いわゆる有力な私立や国立の学校が近くにあるかどうかという立地の関係がかなり影響しているのではないかと感じている。
 中野は何%ぐらいの子が私立・国立中学校に進学しているのか。

委員
 区立小学校から私立・国立の中学校に進学する割合は、約3割ぐらいである。

会長
 私立・国立の小学校への進学は、およそ5~6%か。

委員
 それぐらいだと思う。

会長
 現実問題として、中野という立地条件からしたら、やはり公立という枠の中だけで議論していればいいという状況ではない。一方、私立・国立と競合するという感覚だけで区立学校のあり方を考えていいかという問題もあり、その辺りが非常に悩ましい。
 目黒区や渋谷区、新宿区などは私立・国立への進学率が50%ぐらいと高かったと思う。そこまでなってしまうと、区立学校をこの先どうすればいいのか。競合関係という意識で、私立と同列に力をつけていくという戦略でいくのがいいのか、区立学校とは何かという本質論までさかのぼらなくてはならなくなる。
 資料3も、学力という学校のかなり重要な使命にかかわる領域であることから、重要な資料だと思う。資料3について質問や意見はないか。特に学力向上に向けた具体的取り組み(案)は、これから重要になってくるのではないかと思う。

委員
 資料の中に「教育マイスター制度の導入」というのがあるが、具体的にはどういう仕組みなのか。

委員
 高い指導力と専門知識・技能を持った教員を学校長の推薦にもとづき、教育委員会が教育マイスターとして認定する。教育マイスターは、自らの授業を公開したり、学級経営の手本を見せるなどして教員の授業力の向上を図っている。また、学校長から推薦された教員を教育マイスターとして育成するために、大学教授等を講師に集中研修などを行っている。

委員
 教育マイスターの資格をもつ教員は何人ぐらいいるのか。

委員
 3年間実施しており、21人認定している。中学校の方が、教科の専門性が高いこともあり、やや多い。

会長
 「中野ミニマムスタンダード」というのは、これはどのぐらい具体的に考えているのか。

委員
 各自治体でその地域に合ったミニマムスタンダードをつくっていこうという動きがあり、中野区としても今後策定していく必要があると考えているものである。

会長
 特に「教員の授業力向上」や「中野ミニマムスタンダード」について、学校評価の仕組みとの関係で何か考えているのか。

委員
 法改正に伴う新しい学校評価については、まだこれと連動させてというところまでは至っていない。

会長
 この「中野ミニマムスタンダード」という発想については、中身はこれからということだが、他の委員はどう考えるか。

委員
 体育だけは小中学校通してのミニマムスタンダードができている。そのミニマムスタンダードを確立させるための授業モデルなども今策定を進めている。しかし、せっかく中野独自のミニマムスタンダードを作ったが、先生たちの共通認識が十分に図れず、広まりが非常に滞っているという状況だ。そのため、授業モデルなどを示していきたいと考えており、それが定着していけば、広がりも図れ、効果が期待できると思う。

委員
 確実に体力が向上しているのは、数字で見えてきている。

委員
 このようなミニマムスタンダードを、どのように作っていくかということがある。先生がどの程度策定過程に関わっているのか、今は体育ということだが、ほかのものを作っていく場合に、どれぐらい先生方が関わって作っていけるのか。そういう時間がそもそもあるのかという問題もある。また、策定後もどの程度具体的に各学校現場が使えるような形で提供できるのか。使い勝手の問題にもなると思うがどうか。

委員
 まだ十分に検討していないが、どういうミニマムスタンダードを提供していくかということだと思う。
 例えば算数のミニマムスタンダードで、計算だけにして小学1年生から6年生、あるいは中学3年生までで、こんな順番でこの学年では確実にここまではできるようにしていこうという、例えば確認テストのような形式で示せば、それは区全体で共通に使うことができると思う。
 中野区は小学校、中学校、それから幼稚園も、いわゆる教育研究会といった先生たちの独自組織が大変しっかりしているので、そういうところに策定についてお願いをしたり、一緒に取り組んでいくことはできる環境にあると思っている。

会長
 ここのところはかなり具体的にできるところなので、もしこういう方向でやっているということであれば、一つの特色になるかもしれない。
 スタンダードの議論は、今、私も委員になっている文科省の学校の第三者評価のガイドラインづくりの調査研究協力者会議においても行われている。その中では、ナショナルスタンダードのようなものを設定して、それが全国約3万6,000校で確保されているかどうかという、チェックの仕組みこそが第三者評価としては必要ではないかという意見もある。しかし、ナショナルスタンダードができるかどうかという問題もあるし、そういうもので沖縄から北海道まで全部横並びで、一つの尺度で評価することになってしまうことがいいのか悪いのか議論をしているところである。

委員
 まさに地方の行政もそうだが、ローカル・オプティマムの考え方は、やはりこういうところに見えていると思う。

会長
 そのとおりである。だから、ミニマムスタンダードができていくと、多分教材づくりとか、例えば品川区では学習指導要領のようなのをつくったが、そういう話にも連動する可能性はあると思っている。

委員
 今、教育研究会がしっかりしているという話があったが、教育マイスターのほかに、こういう資料づくりや学校の教育力を高めるための独自の取り組みなどで、これまで成果を上げてきた取り組みはあるか。

委員
 全校で特色ある学校づくりということをやっている。学校ごとにその学校の主体性と学校の特色を生かしながら、研究をするということに取り組んでいる。また、中野区だけではないが、年次研修ということで、初任者から経験年数ごとに授業づくりについての研修を実施している。

委員
 自治体によっては、その年次研修のときに指導主事が学校まで行って、全員の授業を確認するということを行っているが。

委員
 中野区でも、初任者、2年次、3年次、4年次、10年次に研修を実施しており、また、指導主事や校長を退職した嘱託員などが学校に出向き全授業を見て指導を行っている。

会長
 先生、あるいは家庭で子どもたちが自分で教科書に沿った学習を進められるような、副教材づくりというか、そういうものは中野区にはあるのか。

委員
 区として特にまだないが、学校独自で取り組んでいる。

会長
 そういうのをどうするかという問題はあるかもしれない。
 野田市では、小学1年生から中学3年生まで各学年段階の、教科書に沿った学習を進めるときに、ここの箇所は何ページを見なさいとか朱書きで書いてあって、その練習問題の回答も別冊子になっているものを作っている。千葉大の方などにも参加してもらい、指導主事が中心になって作ったもので、もう1冊教科書があるという感じのものだ。先生もこれがあれば指導するときに使いやすいと思う。

委員
 今は昔と違って教科書がすごく薄くなったため、それだけでは学習が進まないということで、副教材はすごく意味があるものになっている。

会長
 現実的に先生方にも力量差というのはある。そうすると、やはりその指導法をある程度定型化するような仕組みがあったほうが、どの学校でも、誰でも指導できる基準という発想からするといいのかもしれない。
 少し予算はかかるが、中野区でもできないことはないと思う。

委員
 もう一つは、学びのスキルというところで、学びのスキルも学べるような教材というのが世の中からなくなってきている。塾に行ってただ受身で学習するというタイプになってきているので、そういう意味でも、学びのスキルも学べるような副教材だと相当意味はあるのではないかと思う。

会長
 家庭教育において、親が我が子に指導するときに、その親にとって役立つようなものを用意するというのは意味がある。野田市のものは、そういう意味もあるのではないかと思っている。自宅で復習や予習するときに、先生のコメントみたいに、ここを見なさいとか、あれを見なさいとか書いてあるので、親が自分の子どもに指導するというときにも使える可能性がある。
 だから、家庭教育の役割をどう高めるかという視点も、やはりこの問題を考えるときに大切だと思う。

委員
 学力向上に向け頑張って取り組んでいるが、家庭学習の習慣化というのが非常に低いと実感している。
 そういう習慣づけを、小学校から中学校までずっと積み重ねていくような指導というのが、必要なのではないかと思っている。中学3年生の受験期を迎えて本当に初めて机に向かうような感じがあり、中学1年生から身についていない状態なので、その辺を示していくことが重要なポイントではないかと思っている。
 また、中学校では「中教研」といって、中学校の教員で研究会をつくり、教科別に分かれて自主的に研究を進めている。しかしやはり時間がどうしてもとれない。時間設定が非常に厳しく、年間3回程度しかできないのが実態である。学校はいろいろな状況を抱えているので、先生は今ますます学校から出にくくなっている状況である。学校5日制が入ったということ、新しい学習指導要領の影響でこれから全体的に時間数も増えていくので、なおさら学校から出られない。なかなかその辺りは難しい。

委員
 地域によっては、そういうのを行うためにインターネットで、非常に具体的な教材も含めた情報提供をするようなところもあるようだが、そういう時間不足を補うような取組みは、中野区ではどうなのか。

委員
 中学校長会では、水曜日に集まるよう申し合わせをしてやっている。
 年間に何回かしか設定できないという状況では、研究を深め合うことになかなかつながっていかない。ある程度定例的に行われればいいと思う。これは中野区だけではないと思うが、なかなか厳しい状況にある。

委員
 さきほど体育のミニマムスタンダードが広がらないというお話も、やはりそういうところに起因しているのだろうか。

委員
 体育の場合は、特に教育委員会事務局が主導で力を入れてやってきたが、そういうことも要因のひとつで共通認識が図れず広がっていないと思う。

委員
 資料3に、「学校で獲得した学習内容を実践する場としての地域」とあるが、それはどういう場を想定しているのか。

委員
 今、中学校では、地域にいろいろ協力いただき、職場体験や職場訪問等を行っている。学校で得た知識や学んだこと、自分たちで調べたことなどをそれで終わらせないで、地域に出て実際にやってみるとか、逆に教えてもらうとか、そういうことで本当の力になっていくと考えている。学校の一番の課題は、学校だけで知識が終わってしまって、それを活用して本当にこれが使えるとか、こういうことが必要だという実感を伴う学習にするためにも、やはりもっと地域などいろんなところに出ていって学ぶ、やってみる必要があるのではないかと思っている。
 これだけでなく、学校では日常的にあいさつをしようと進めているが、学校の中ではやっているが外でできないというのが実際のところだ。そういうのも地域と連携しながら一緒にやっていくと、本当にあいさつの意味というのが理解できていくのではないかと思う。

委員
 さきほど家庭学習の話が出た。今、小学6年生の子どもがいて、社会で歴史をやり始めたのだが、テストがあるので何を覚えればいいかという話になった。しかし、自分のレベルの歴史に関する知識と、小学6年生の知識が一体どこまで必要とされているのかわからないため、教えようがない。
 それで、授業中、黒板に先生が書いているはずなので、ノートを見せてと聞いたら、黒板には何も書かないと言う。テレビが置いてあって、そこでDVDやビデオが流れていてそれを副教材みたいな形で使っているとのことだった。先生が説明するよりも、きちっと歴史上の人物が出てきてやってくれるから、それはそれで本人はわかっているのだろう。しかし形として残っていないので、親としては教えようがない。
 また、その範囲も弥生時代から豊臣秀吉の前ぐらいまであり、幅広くて一体何を教えればいいのか、何をポイントとして押さえてあげればいいのかわからない。家庭学習の時間の問題とかいろいろあると思うが、やはり何かポイントとなるものを、学校の教材、教科書以外に親のほうに提示されれば、この問題はこことここを押さえろと、この名前も覚えろ、聖徳太子が何をやったのかと教えられる。聖徳太子がやったことだって多過ぎるから、どれを一体6年生のレベルで教えたらいいのか、教科書には書いてあるが、こんなことまですべて覚えさせなければいけないのかがわからない。
 小学2年生の子も1人いて、漢字の書き取りでもハネとトメにとにかくすごく厳しい先生にあたっている。保護者会の個人面談のときにも聞いてみたが、今が大事だからとても厳しく教えるとのことだった。しかし、逆に子どもにしてみれば、どんなに書いてもうまく書けないから、もうその時点で萎縮してしまって、宿題に取り組むまでに30分、1時間かかってしまう。要するに、自分の目から見たらとてもうまくできていると思うのに、これで丸がもらえないならどうすればいいのかと言う。先生の個々の考え方というか違いがあるから、この先生にあたったのだから、1年間あきらめなさいという、そういう会話になってしまっている。
 あと、百人一首もそうだ。百人一首だけをとても大事に教えて、暗記させるという先生がいて、その先生が担任になると、低学年であろうが高学年であろうが、百人一首は覚えさせる。その先生でなければそういうことはない。そういった差というのが実際学校の中である。何故百人一首を覚えなきゃいけないのか、では家庭学習をどうしようという問題もやはり出てくる部分があって、日本語はとてもきれいで大切だからだよとかと言うぐらいが関の山で、今家庭学習でどうしたらいいのだろうかと、とても切実に感じている。だから、親は、塾に行かせるほうが早い、そういうことからも、中野区の通塾率が高いのかなと漠然と思っている。

委員
 塾などの教育産業が必要な教え方のスキルや学びのスキルの独占状態にあり、そのことで余計に格差が生まれている。塾などに行けない子どもは家で努力しようと思ってもできない。だから、そういう意味で、副教材など、先生方の間で情報を共有してやっていくということがとても大事なことなのではないかと思う。

会長
 家庭の中での親自身の振る舞い方というか、子どもへの向き合い方のところで、かなりやはり子育てが孤立している状況にある。昔と比べて全般的に近隣関係が希薄になっている。一人っ子が多いということになれば、子ども1人対お母さんという向き合い方の構造の中で結局、何か悩み事が出てきても、隣近所は隣近所で、自分は自分という、そういう子育てストレスが非常に高い状態の中で子育てをせざるを得ないという、そういう傾向がはっきりとデータで出ている。
小平市の小学校で、家庭の中で親が自分自身を、子育てする自分自身を振り返ることができるようなサブノートを作り始めた。非常によくできていて自分でチェックできるようになっている。自分の行動を、親としての自分の行動をチェックして、点数がつけられるようになっている。お母さん方自身がいろいろな悩みを家庭の中で抱えていて、それをお互いに共有する仕組みとして、親としての自分を振り返るために作ろうということで作ったものだ。お母さん方が作ったものだが、非常によくできている。
ちょっとしたことだが、そういう工夫が意外と大事なのかもしれない。副読本、副教材にしても、それほど大それたことではないが、かゆいところに手が届くような、知恵というものがなかなかない。隣近所の付き合い方は、昔は向こう三軒両隣というのがあったが、その後、その文化が残っているという前提でしか形ができていない。だから、そのすき間のところをどうやって埋めるかというときに、副読本やサブノートなど、そういう具体的なものを考えていったほうが早いのかもしれない。
 また、幼稚園と小学校のギャップの問題がよく出てくる。5、6年前には学級崩壊という言葉がものすごく広がって、学級崩壊の一つの引き金になるのが幼稚園の中に自由保育という、しつけをしないことがむしろ子どもにとっていいという考え方の幼稚園があった。そうすると、小学校に入ってきた子どもを引き受けた先生は、小学校に入る前に、かつては家庭の中で行われていたことが抜け落ちているから、そこからまた手ほどきしなければならない。そうすると結局、小学1年生の担任というのは、基礎ができていない子どもに基礎をまず作ってやるという作業と、それから、基礎ができた上で小学1年生になってきている子どもの本来の教育との両方をやらなくてはいけない。何かそういうような話がなされたことがある。その点はどうか。

委員
 いわゆる小1プロブレムの問題だが、今お話しのあったところがすごく誤解されているところだと思う。自由保育というのは何もしないことだというのは大きな間違いで、そういうニュアンスで、小学校の教員も誤解をしているところがある。自由保育の中でしつけもしているし、いろいろなことを指導して、わかるようにやっているが、教えることがすべてだというようにどうしても義務教育は思ってしまうため、そこの違いがあるのだと思う。そこを解消するために、幼小連携などいろいろやりながら、互いの授業や保育を見合うということをやっているが、どうしても学校文化の違いというものが幼稚園も小学校も中学校にもあるというのが事実だと思う。

委員
 今の話のように、子どもたちの実態としては、いわゆる自分が生活していくために必要な力を十分に、例えば生まれてから、あるいは幼稚園に入る3、4歳、あるいは小学校に行くまでになかなか身につけてこられない子どもが多くなっているというのは事実だ。
 つい10年ぐらい前では、幼稚園に入ってくる子が入る前におむつをしていると、「えっ、まだおむつしているの」という話になっていたのが、今は、3歳児ではまず普通におむつをしている。10年前の時代では、お母さん方も、うちの子はまだおむつが取れないと気にしていた。先日、幼稚園の中で小さいお子さんも何人か来る一つの行事があったが、2歳ぐらいのお子さんのお母さんが、「おたくの幼稚園は夏休みもプールを開放しているそうですけれども、行ってもいいかしら」と言ってきたので、「プールなので、一応おむつが取れている方は大きいプールに入っていただけますけれども、おむつが取れていない方については、別の場所でやっていただくことになります」と話したら、「ええっ、そんなこと言ったら、みんな入れないじゃないの」と言ったという、そういう実態がある。
 だから、もう感覚的には、保護者の意識としても、つい10年ぐらい前までだったら、このことは当然育っていく上で自分がやっていけること、あるいは親がきちんとしつけていけること、最低限やっておかなくてはいけないことという基本的な了解事項があったと思うが、それがなくなってきている。そのため、ほうっておけば、5歳になってもおむつをしていることだってあり得る。それが特に身体的なこと云々ではなくて、どうやっていいかわからないから、そのままにしておくということ。
 今はおむつをすることが大変ではない。昔は、おむつを一々洗濯しければいけなかった。何十枚も布のおむつを洗濯するのはすごく大変だった。だから、親も一生懸命、きちんとおむつを取ろうと思ったのだが、今はもう紙パンツを買ってくれば、さっと始末できるという中では、お母さん方が、何をどう、どこで何を教えたらいいのかというのが、幼稚園に入ってくる段階で、家庭によってすごくばらばらな状況である。幼稚園で、お子さん方に生活の中でいろいろなことを身につけてほしいというのがもちろんあるが、もう一方で、お母さん方に、一つは楽しさと、それから自信、安心感、それを感じるためのいろいろな援助が必要になっている。
 例えば、今は、親子での触れ合い遊びのような形で一緒に向き合って遊ぶこともほとんど経験していない。多分、簡単な童歌遊びのようなものも知らないから、そういうものを幼稚園で、子どもに教えるというよりは、親子で一緒に楽しむ時間を作ることが、大きな一つの役割になってきているのではないかと思う。もう一つ感じるのは、やはり先ほどの話のように、確かに家庭がすごく孤立しているということがあって、特に集合住宅の方だと、近所の方はいるが、ほとんど顔も合わせないで、お子さんのことも、もう関わりがないという状況だったりする。幼稚園の中に入ってくると、そこで初めて、自分と同じ悩みや苦労を背負っている人たちと出会える。今の人たちはそういう意味ではフランクなので、お母さん方同士で一つの新しい関係がつくれる。そのきっかけを幼稚園で作っていけば、お母さん方は自分たちでネットワークを作っていくことができる。
 幼稚園の役割としては、一つはもちろんお子さんに対する直接教育があるが、そういう保護者が自分で子育てに向かっていける、そういう基盤づくりのような、よく子育て支援という言い方をしているが、いわゆるお手伝い、手助けをするとか、保護者の自分で育てていく意欲というものを育ててあげる、その手がかりをきちんと作っていくというのが、今特にそういうことも必要ではないかと思っている。そのレベルで考えていかないと、いわゆる小1プロブレムという言い方がされているが、それはつまり、幼児教育の問題というよりは、子育てや子どもを取り巻く全体的な環境の変化が、子どもにとって苦しいところにきているのではないかと感じている。

委員
 今の話のとおりだと思う。特に小学校から見ると、学校長の指導方針にもよるが、小学1年生になって3週間で小学生の枠にきちっとはめるというタイプの先生もいる。そういう泣かしてもやるというタイプの方と、そうではなく、徐々に1学期ぐらいを通して基本的なスキルを、小学生としての手の上げ方とかも含めて育てていくというタイプの先生がいて、そこのギャップが結構大きいのではないかとは思う。
 幼児教育だと保護者との関係が一番近く、先生と保護者が直接向かい合う機会が、送り出すときとお迎えのときとあるが、小学校になるとなくなってしまう。保護者から見ると心配で、中学校、高校と行くに従って、ほとんどお目にかからないというような感じになってしまう。そういう意味でも、家庭教育という意味でも、家庭との関係という意味でもやはり幼稚園の先生の果たす役割は非常に重要だと思う。
 もう一つ私が調査して思ったのは、小学1年生のときにとても苦労するお子さんはいる。それはやはり生育環境の問題が結構大きい場合がある。ただ、特別支援関係の子だからといって必ず小1プロブレムを起こすというわけでもなくて、生育環境が悪いからといって、もちろん小1プロブレムを起こすわけでもない。ただ、やはり幾つかのものが重複して、かつ教員の指導力が欠けている場合に、小学1年生から学級が荒れるというタイプが多いという印象はある。
 ただ、今は、幼稚園の教育要領、保育園の保育指針、小学校の学習指導要領にも、相互の交流というのが含まれたので、それは中野区のこれからを考えるためにも、大きな柱になるとは思う。

委員
 先ほど研究会の話があったが幼稚園は幼教研と言っているが、小教研の特に生活科の部会の先生と一緒に、その連携の問題について、年間何回か授業や保育を見ながら、一緒に考えていく機会があるが、本当にお互いを知らないというのはとても大きいと思う。
 こうあるべきだとか、こうでなければおかしいというところからだけで子どもたちを見てしまうと、その入口や出口のところからどうしていったらいいかという手がかりが、お互いになかなか見つからない。ただ、やはり話していく中で、「あっ、そういうことなんだよね」ということが一つ一つわかっていく。こちらの検討課題のところに、学校間連携と書いてあるが、例えばカリキュラムのいわゆる連続性のようなこともすごく大事であるが、その前にまずはお互いのことを知っていこうとする気持ちがあると、変わっていくのかなということを小学校の先生と話していても感じている。「幼稚園ではこういうことがあるんだ」と受け入れてくれる先生のところでは、子どもたちもその中に入っていけるということを感じている。

会長
 幼稚園・小学校、それから小学校・中学校、あるいは小学校同士、中学校同士横の連携、中高の連携、学校・家庭・地域の連携など、連携というのが一つのキーワードになっているので、ここで資料4について説明を受けて、引き続き今の議論を続けたいと思う。

資料4「新たに目指す人間像」により説明。

会長
 最初に、こういう理念というかビジョンが出てこないといけない。そういう意味では、引き続き最後まで関わりを持つ課題であるので、これも含めて今までの議論をもう少し進めたいと思う。今の資料について質問・意見あるか。

委員
 教育ビジョンを平成17年に作って今が平成21年だが、目指す人間像というのはそんなに変わるのだろうか。
 教育委員会が掲げている目標というのは、どの時代でも通用するような普遍性が一応あると思う。今までのもので何か著しく不都合があるようには見えない。だから、その辺りが一応必要だという理解はよくわかるし、意見はあるとは思うが、ここだけで議論するというのは、なかなか難しいかなという印象を受けた。
 これはこれでよく考えられている。コミュニケーション能力という比較的新しい言葉もきちんと入っている。

委員
 現在あるものを否定するというつもりはないが、今、内部で議論しているのは、例えば、自立というか、自ら生活を切り拓いていくこと、そして、確かな職業観や勤労観というものが必要ではないかという議論があり、この今ある人間像にもう少し具体的に付け加えていくものがあるのではないかということで、この検討会議の中で議論していただきたいと考えた。

会長
 連携というのがキーワードになっているので、いずれ小中連携の問題とか、そういう問題に及んでいかないといけない。小学校と中学校というのは、よく教員文化が違うと、小中併設校や小中一貫校の校長先生は言っている。
 昨日、訪問した高知県の過疎地の統合小中学校の校長先生は、中学校の校長先生をずっと務めてこられて、初めて小中併設校の校長になられたのだが、やはり小学校の先生の文化と中学校の先生の文化が大分違っていて、一応1つの職員室に全教員を入れたようだが、その文化の違いをどうするかということで、やはり4月に統合したばかりということもあって苦労もまだあると話していた。
 その辺りの小中の連携において、中野区の場合にどういう状況にあって、どの辺りまで進んでいるのか、どういうことが具体的な課題なのか教えていただきたい。

委員
 さきほど話したように、幼小の連携や小中の連携で、互いに授業を見る、情報を交換するということはやっているが、具体的に連携校をどう作っていくかとか、小中一貫校にするのかといったところまではまだ話は出ていない状態である。逆に言うと、この検討会議でそういう可能性を探っていただければと考えている。

委員
 中学校の場合は、校長会で意見交換をしているが、やはり小中連携を進めていきたいという考えである。
 先ほどあいさつの話が出たが、前任校では、本当に子どもたちはよくあいさつをしていた。登下校のときはもちろん、校内でもよくあいさつをした。地域の人たちにもよくあいさつをした。それは、小学校で子どもたちのあいさつを徹底して指導していて、それが歴史になっており、その子どもたちが中学校に進学してくるからだと思う。
 今の中学校は3つの小学校から進学してくるが、例えば、学校経営の方針をその3つの小学校と進学する中学校でポイントを幾つか決めて、小学校のときからそれを中心に指導していくと中学校につながっていくと思う。そういう一貫の仕方というのはすごくいいと思っている。できれば小学校の先生方と集まって、そんなことも考えていきたいと思っている。
 それから、先ほど話のあった学校文化の違いというのは本当にあって、中学校の教員も小学校の内情がよくわかっていないというものもある。もちろん小学校の先生方も中学校は全く見えていない。やはり交流するということが大事だと思う。
 それからもう一つは、やはり学級担任制と教科担任制の違いが出てくるので、できれば小学校の5、6年生ぐらいに、教科担任制の授業を入れていく。小学校で教科担任制の授業をやれば中学校の教員とも一致する部分が結構出てくるのではないか。当然、その辺りのいわゆる文化の違いのようなものも埋まってくるのではないかと思っている。そういうのは区の施策としても可能ではないかと私は思っている。

会長
 幼稚園と小学校の場合はどうか。

委員
 小学校では、3年前に指導室からの指導があり、中学校と私の小学校で小学1年生から中学3年生までの一貫した体育領域のカリキュラムを作成した。これはほとんど抵抗なく形も作り、各学校に現在提案している。それから、体力づくりの委員会で、先ほど話した授業スケジュールの中で中学校と小学校の互いの授業参加を行った。これは違和感があった。この違和感は、子どもたちの発達段階に合わせた指導がそうなっているのか、視点が違っているからそうなっているか結論が出ていない。どちらかというと、小学校の方は子どもたちの主体性を尊重したものに対し、中学校は走り高跳びだったら走り高跳びのスキルを教え込むように見えてしまった。それを中学校の子どもたちが嫌がっているかというと全然嫌がることなく、その学習活動に参加している。この違いというのは、はたで見ている者がギャップ、ギャップと言っているだけで、子どもたち自身は、もしかしたら発達段階に応じた学習指導を受けている可能性もあるのではないかと思った。
 それから、幼稚園は、指導要領が変わって教育要領となり、保育園も保育方針を出したことと、小1プロブレムが広がったせいかもしれないが、保育園でも平仮名まで教えてくれる園が非常に増えてきている。そういうことから学習面でのギャップは余り感じていない。
 また、私の小学校では、入学前に関係する幼稚園、保育園に行って一人一人について聞き取りをさせている。あくまでも自助努力であるが、このことで相当ギャップを減らすことができると思う。個々の聞き取りの中で指導方針を大体つかむことができるので、ある程度の連携はできている。
 資料4にある、自制心や規範意識の低下、人間関係を形成する力の低下、学ぶ意欲の低下、基本的な生活習慣の未確立、これらは子どもではなく、親の問題である。私はもう家庭への啓発では足りないと思っている。啓蒙くらいまでやらないといけない。私たちはやはり子どもの教育には責任を持つが、親の教育には責任を持つわけにはいかない。問題などが発生したとき、ここで挙げられている子どもたちの現状ではなく、必ず保護者の問題が裏にある。そこが今、私たちが抱えている一番大きな問題だと思っている。
 石原都知事が「すべては家庭の責任だ」と言ってくれているので、少しは救われているが、教育基本法の根幹にも関わりながら、規範意識や自立というのは、これからは子ども向けというよりは親向けをメインにしていかないといけないのではないかという気がしている。

会長
 それは理念としてはわかるが、具体的に例えば近隣関係をどのように再構築して、どういう手法で、どういう手順で、だれが音頭とって組み立て直して、そういう関係性を入れ込んでいくかという、その辺りの戦略・手法を打ち出していかないと石原都知事が話したことと同じことを中野区でもやったという、何かそんなことで終わってしまうのではないだろうか。

委員
 これは学習と直接結びつかないのかもしれないが、行政主導でやっていくというのは、なかなか難しいのではないかと思う。実際には、学校が地域や保護者との関係をどう構築して、保護者の思いや気持ちをどう学校が受け入れるかというような視点に立って、積極的に地域と連携をとっていくことで、少しずつ進んできているのではないかと思う。
 私の前任校では「おやじの会」というのがあったが、そのつながりが非常に自然な感じでつながっていた。今の学校にはそういうものがないが、どこかでつながりたいと地域の方は思っていると思う。そういう場をどのように設定していくかが問題になると思う。だから、そういうところに学校も積極的に参加していくことで、つながりが出来ていくのではないかと思っている。
 そういういい関係ができてくる中で、例えば家庭をどうしようとか、子どものしつけの問題などが出てきて、お互いの理解が深まっていくのではないだろうか。余り形できちんと決めてしまうのでなく、その学校が、その地域や人間関係、雰囲気を生かしながら取り組んでいくことで地域との連携などができていくのではないか。

会長
 連携ということで言えば幼稚園と保育所の問題もあるが、中野区に認定子ども園はあるのか。

委員
 来年度2園開設する予定である。

会長
 保育所の待機児童は、かなり多いのか。

委員
 この4月のデータでは約190人になる。特に今年度は待機児童が急激に増えている状況である。

会長
 幼稚園のほうの定員充足率というのは、どのくらいか。

委員
 幼稚園については、私立が圧倒的に多いので、定員に比べて余裕はあるという状態だ。区立幼稚園の4歳、5歳は余裕がある。

委員
 中野区の場合、今、区立幼稚園が4園で、私立が21園なので、圧倒的に私立が多いため、保育所と幼稚園の連携だけでなくて、幼稚園の中でも公私と保育所と小学校の連携というのが必要だと思う。

委員
 連携づくりをしていくためには、何かシステムを作って、それに乗せていくということでなく、何かを一緒になってやることで共通体験の場ができ、連携が深まってくると思う。何か実践するようなものを、一緒にやりましょうということでやっていく。地域のイベントでも何でもいいので、何か一つを地域の方々と保護者が一緒にやっていく。そういう中で連携というのは深まっていく。何かシステムのような枠を作って、それに乗っかってくださいというのでは、私はできていかないと思う。
 だから、そういう積極的な何か、そういうものをどう提供していくかという、そこがポイントではないかと思う。

委員
 そうすると、地域が共通体験の大きな土壌になるので、中学校や小学校や幼稚園、保育所が、一つの地域の中でどのようにしていくかということになる。

委員
 私は、枠みたいなものはあったほうがいいのではないかとも思っている。北区では、連携の仕組みを作って、そこにさまざまなものをのせていくと、学校はそのファミリー単位でいろいろなことを考えて、自分たちのやりたいことを各ファミリー単位でやっていくようになっている。
 枠がないよりもあったほうが、学校としてもやれることがあるのではないかということと、校長先生の話にあったように、交流にはやはり時間がかかるので、その時間をどう保障するのかというところからしても、枠の問題になるのではないだろうか。枠がある程度あって、交流する時間的な余裕を行政のほうで作らないと、学校はやることがいっぱいあり過ぎて、交流をしている暇があるなら、もっとほかのことをやりたいというようなことになる。
 交流ということで思ったのは、交流や連携といって行政が方針を出して、さあ、やりましょうとなった時に、互いにデメリットの部分しか見ないでスタートしてしまうと、小学校でそれまで育てた記録などが中学校にそれで行かなくなってしまうなど、非常にデメリットである。お互いのメリットがわかるような形でスタートすることは結構大切だ。
現在、例えばスクールカウンセラーの共同配置のようなことはやっているのか。

委員
 中学校のスクールカウンセラーが、部分的に小学校に行くことはある。

委員
 そういうことのほか、合同研修会が一番いい。都道府県によっては合同研修会というのをやっているところもあり、そういうのが実際的にはとても勉強になるみたいだ。
 また、交流のメリットや連携の意義が、子どもにどのように還元されるのかということがある程度わからないと、とりあえず交流だからやれと言うと、校長先生の話のように、何でそういう枠だけというような話になってしまう。スタート時点というのは結構大切な気がしている。

委員
 連携というとすぐ交流ということになるが、いきなり交流ということではなく、同じことを同じように小学校も幼稚園も中学校もやるということでもいい。例えば話に出ていたあいさつで言えば、みんなであいさつをやっていこうということで、どこもやっていって、そのことについての交流の時間を設けるとかというようにしていく。いきなり何かを一緒にやらなくてはいけないという強迫観念があると、時間がないとかいう話になるので、できることは実はあるのではないのかなということを思っている。

委員
 他の自治体で不登校を減らすというプロジェクトがある。そこでは、小学校の先生は中学校の先生を信じておらず、中学校の先生は小学校の先生を信じていないために、申し送りがなかなかされていないということがだんだんわかってきた。不登校になるお子さんというのは、小学校のときに10日間とか休むことが非常に多いので、小学3年生のときに何日休んでいたという情報の中で、休む前には車が好きだった、お絵かきが好きだったなどという情報があると、中学校でのスクールカウンセラーや担任の先生というのはとても助かる。そういうことをきちんと話したら、そのことに取り組んでくれた学校があって、劇的に不登校が減った例がある。
 また、申し送りの会を3月ではなく5月ぐらいの、中学校の先生も困り始め、小学校の先生も心配になっている時期にやったことがあるが、小学校の先生からすると、中学校でもうまくやっていたということがわかってうれしいし、中学校の先生にしてみれば、3月には何となく聞き逃してしまったが、小学校のときはどうしていたのかという話がまた聞けるということがある。今までやっていた申し送りの会を少し工夫して、いろいろな点で出た指導要領の記入をプラスアルファするなど、ほんの少しの工夫でも劇的な効果が出る。それも単なる交流ではなくて、目的を持った連携になっていくのかなと思う。確かに、そうでないと、ある地区で交流をやってみたら、もう先生方はお互いに茫然として、中学校の先生は小学校に行って驚き、小学校の先生も中学校に行って驚き、ただ驚いて、次がわからなくなってしまうことも本当にあったので、やはりその辺りでも交流はとても大事だし、目的や仕掛けをしていくことも、両方大事なのだろうと私は思っている。

会長
 連携という言葉も少し整理して協議を進めていく必要がある。連携の手法はいろいろある。
 例えば中央区の東京駅近辺の城東小・常盤小・阪本小の3校は電子ボードを入れて、特認校に指定している。月島のほうから子どもを呼び寄せるプロジェクトの一貫として、電子ボードを入れ込んでネットワーク化している。それも一つの連携である。
 子どもだから、生身の子どもを連れていかないと連携にならないという観念だけに固執すると、非常に難しいことも出てくる。教材づくりや副教材づくりも、ある種の連携である。1つの副教材を野田市のように市の全域に無償で配っているのも、教材づくりという面での連携である。eラーニングみたいなものを使った、電子ボードを使った連携というのもあるし、実際に拠点校に先生が集まって研修を受けるというのも連携であると思うし、小学校と中学校の先生がお互いに授業を見合うというのも連携である。連携という概念を少し、この次までに整理させていただきたいと思う。
 また、エリアをある程度固めたほうがいいのか、流動化したほうがいいのかという問題もある。
 例えば品川区の連携校というのは、相手がぐるぐる変わる連携だ。施設一体型のほうは、施設が一体化しているので同じだが、そのほかの学校については連携システムを全区的に展開していて、その連携相手は、固定ではなく毎年のように変わっているとのことだ。連携するにしてもそういう連携がいいのか。品川区の中でも、連携する必要がないということで単独校もある。だから、連携はする必要がないという選び方をする学校もあるかもしれない。その辺りで、何か連携と言った場合に、そういう品川方式みたいに、単独校方式もいいし、相手をぐるぐる変えることもできるようなこともオプションとしてある形をとるのかどうか。
 北区の学校ファミリー構想というのは、中学校区の数校を拠点にして、そのエリアの中に含まれる保育所、幼稚園、小学校、中学校が連携するという、ブロック化で考えている方式である。
 また、15年ぐらい前に新潟県長岡市では小中学学校群制を導入したことがあるが、それもやはりグループ化の一つである。隣接校でグループ化して部活動を合同化している。放課後、移動するときに、中学生の場合は自転車でいい、小学5、6年生は路線バスを活用して、バス代は教育委員会が負担するという。東京都は学校群制がつぶれたが、長岡市で15年ぐらい前に発足して、結構特色的なモデルであった。ただ、長岡市が北区と違うのは、全市方式というのも入れていること。確か数学ゼミナール、英語ゼミナールという名称だったと思うが、数学や英語で長岡市全域の中学校の生徒を対象にした検定のようなものを取り入れている。
 中野区全域で、ブロックとかエリアを想定しないで全区的に考えていく方式と、ブロック化してブロックごとの単位で連携や拠点づくりとか、部活動の拠点をそのエリアの中に1つは置くという、こういう配置の仕方にしたり、そういう拠点づくりをするというのを併用する方式もあり得る。だから、いろいろ考え方はあるので、その辺りをこの次までに事務局のほうで資料を用意していただけばと思う。
 図書館の配置はそうなっているはずだ。中野区全域を対象とした中央館と、区内全域を考慮して配置している地域館があると思う。地域館は、ブロックごとに満遍なく配置しているはずである。施設配置計画は大体そういう2段構え、3段構えに普通はなっているので、そういう配置の仕方を学校も、参考にしていくようなアイデアもあると思う。図書館などの公共施設の配置の施設計画のようなもの、どういう基準で配置しているかという、そういうのが次回までに出てくると、それを活用しながら考えることができるかどうかという検討もできるかなと思う。その辺りは準備したい。

委員
 今の学校では家庭訪問はやっているのか。

委員
 ほとんどやっていない。

委員
 昔はやっていたように思うが、どういう理由でなくなったのか。

委員
 やはり家庭の中までのぞくような形になるので、やってほしくないという雰囲気が多いのだと思う。

委員
 のぞくということではなく、その子どもが育っている家庭環境を知るということは、担任の先生にとって非常に大切なことではないかと思う。

委員
 私の学校では去年から止めた。やはり一番大きいのは、保護者からプライバシーの侵害だという意見などがあったことと家庭訪問に要する時間的な問題であった。
 しかしお話のとおり子どもの家庭環境を知るということ、もし何かあった場合、家の所在もわからないということはあり得ないので、私の学校では担任の教員に、全部の家庭を訪問させている。中には入らず、不在でも玄関までは全部確認する、というように変えた。

会長
 昔は家庭環境調査という調査書を書いてもらい、学校で集めていたが。

委員
 調査書の内容も削られてきており、最近は家庭のプライバシーに余り立ち入ってはいけないという雰囲気がある。

委員
 その子どもはどういう家庭環境にいて、兄弟が何人いるかなど、とても重要なことだと思う。

委員
 今実際には小学校数校は家庭訪問をやっているようだが、過去には保護者から、何でそういうことをやるのかという意見があったようだ。かつては家庭訪問が当たり前だったが、今はそれすら、家庭や社会の変化でできないような状況になっている。
 どのような環境で子どもが暮らしているのか、どのような部屋にいるのかというのは、とても参考になるので、学校としてはやりたいと思っているが、それがなかなかできない状況にある。

委員
 通塾率がとても高いというところで、中野区に住んで、塾にも行かせて、塾だけでなくほかの習い事もさせているととてもお金かかる。そうすると、やはり共稼ぎでないと、子どもの教育費を捻出できないということなのか、家庭にいるお母さんが少ない。
 私は地区委員会のことをやっているが、学校でもPTAの役員のなり手がないとか、地区委員会にも出てきてもらえないというのは、やはりそういう今の現実の教育環境や社会環境というところに関係してきているのではないかと思う。そういうことが、家庭教育に時間が割けなくなってくるという悪循環になっているのではないかと感じている。

委員
 現状のことで尋ねたい。資料4に小学生の校内暴力の増加と書かれているが、かつて中野は校内暴力がひどかった時期があったことを知っている。今何か、中野区が特に子どもたちの学力以外の問題で直面していることがあれば知りたい。

委員
 小学校の校内暴力の増加というのは、中野区ということではなく一般的なこととして資料に書いた。特に中野区が多いということはないし、いじめについても、かなり詳細に区独自で調査をしているので、解決に向かっている割合は多くなっていると思う。

委員
 都市部では、少子化で地域のつながりも薄れ、子どもたちは孤立化していると思うが、ただ、中野区の場合には下町的なところもあるので、まだ辛うじて地域のつながりが残っている状況だが、それでも地域とのつながりが低下しているように感じる。

会長
 先ほど資料4の説明で合計特殊出生率が0.77という非常に小さな数字であったが、どういう背景で中野区がそのようになったのか。

委員
 全国的に見て、下から1番、2番を争うぐらいである。
 これはやはり住宅事情とか、新宿に近いということで、若い方・単身の方が住みやすいので、そういった方々が転出と転入を繰り返しているということがあると思う。
 あと、やはり一つは住宅状況が比較的都心なので、子どもができて30代になると、出ていくほうが入ってくるよりも多いということになって、子どもが生まれて、子育てしていく中で、ある程度の規模の住宅が必要になってくると中野区外へ出ていくというようなことを繰り返すといったことがあるのではないかと思う。
 合計特殊出生率なので、中野区という1つのエリアだけで考えるのはなかなか難しい話で、東京都全体の中で考えていかないといけないと思う。

会長
 学力向上に向けた具体的取り組み案は恐らく、これから先コアになる部分なので、引き続き議論を深めていきたいと思う。一つ伺うが、子どもたちの縦の連携や交流の現状はどのような感じなのか。
 例えば、全国の中には、学校ボランティアに高校生が体験学習として入り込むという自治体がないわけではない。地域の方ではパートなどでお母さん方も忙しいので、青森県の十和田市などでは、高校生や中学生が小学生の支援のために入り込むという試みを、ある特定の高校と連携してやっているようなケースがある。
 子どもに勉強をさせないといけない、だから家庭の仕事をしなくなる。生きる力と言っていても、親がそういう体験をさせないということが結構あるのではないか。とにかく勉強していればいいという、その勉強という世界の中に追い込んでしまっているところはないだろうか。高校生の中には福祉学科の生徒もいるわけで、そういう生徒はカリキュラム上、少しは地域に出ていっている。何かそういう縦の関係の中で、縦割り集団のような、昔の子どもの世界にあったようなものをつくり出そうという動きなど、そういうものはどうなっているのだろうか。

委員
 幼稚園に中学校の生徒が来てくれる。主として来てくれるのは家庭科の授業で、全区全域で、短い時間だが、子どもたちと一緒に遊んだりする。あと運動会のときに、ボランティアとして当日生徒たちが来てくれる。おもしろいのは、学校でいい子でなくても、幼稚園に来るといい人になる。それは中学校の先生も感じている。やはりそういう生徒は、大人に対する目つきと子どもに対する目つきが違うようだ。多分、中学生自身も、今まで気がつかなかった自分に、子どもと付き合っていて気がつくみたいなところがあるようだ。それがその後に続くかどうかというのは、また別の問題だが、ただ、その出会っている間は、中学生の生徒たちも本当にいい顔で来てくれる。

会長
 私も学芸大にいたときの印象として、近ごろの学生というのは、優秀なのかもしれないが、世界が狭くなっているという感じを受ける。今の学生というのは本当に授業の出席率はいい。出席率はいいが、喋っていて、喋るのなら出ていけと言うと出ていかない。
 だから、子どもという観念を余りにも社会が狭く考え過ぎているのではないかと思ったりしている。「勉強しなさい」と親はどうしても口にしてしまう。いい学校に入れないというのが、親心としてはある。そうすると、女の子でも、家事をさせるよりは先に勉強しなさいということになって、家事をすることもないような生活をずっと送っていて、それで大学生になると、親が手取り足取りやってくれた、その体質が体全体にしみついている感じがする。そういう学生が採用試験を受けると、勉強はしているから意外と受かってしまう。受かっても、現場でどれだけ働けるのかなという、そういう危機感は持つこともあった。
 子どもというとらえ方から、もっと大人が自由になるというか、子どもだっていろいろなことをやりたい、本当は遊びたい、小さい子をあやしたいとか、お兄さんに甘えたいとかあると思う。そういうのを大人が狭く追いこんでいるところはないのかなと思う。
 むしろそういう面を、もし中野区で一つの突破口として、縦割り集団とか、連携ということを言うのであれば、子ども同士の連携もあり得ると思っている。あるいは、子どもと地域社会との連携とか。そういう文脈の中で、子ども像というのをもう一度考え直しませんかというメッセージを出すとか、そういうのもあってもいいのかなと思う。

委員
 中学校では、部活動で卒業生や地域の方が指導者で入ってくる。縦のつながりがあるのは、部活動ぐらいで、ほかはなかなか難しい。

委員
 区によっては児童館も、中学生や高校生に幅広くして、何か育成とか、学童保育ということをやっている。

委員
 私の地域の児童館長は、命の大切さを教えるために年に2・3回、近くの高校の出前授業に行っている。

委員
 ジュニアリーダーなどでも、中学生が小学生にかかわりながら指導している。私の地域では少年野球大会、小学生の野球大会の審判に中学生が来てやってくれる。地域のお祭りも、太鼓のお囃子は子どもがやっている。大人が主催して進めているお祭りではあるが、太鼓のパートの部分は小学生に練習させてやらせるとか、地域の方たちがよくやってくれている。
 我々小学校というのは、6年間のスパンがあるので、縦割り集団を設定していない学校はまずないと思う。私どもも2週間に1回は必ず班をつくって活動させている。縦割りの活動はどの学校でもやっている。6歳の年齢差があるが、結構面倒をみられる・みる関係にはなっている。

会長
 そろそろ終了予定時間になったので、次回の検討会議で続きの議論を進めたいと思う。

◆議事(2)その他

会長
 次回の検討会議の日程調整等について事務局からお願いしたい。

事務局
 お手元に配付している前回の会議録要旨の内容について、今月末までに事務局の方に修正等の連絡をいただきたい。委員の確認が終わったところで、関係する資料とあわせて、ホームページに掲載したいと思う。
 次回の日程については、衆議院選挙等の関係で日程が大変混み合っているため、できれば8月31日の月曜日の午後7時から、また、次々回は、9月25日の金曜日の午後7時から、教育委員会室で開催したいと思う。よろしくお願いしたい。

会長
 次回は8月31日の月曜日の午後7時から、次々回は、9月25日の金曜日の午後7時から、この会場で開催するということでどうか。

― 異議なし ―

会長
本日はこれをもって終了する。

お問い合わせ

このページは教育委員会事務局 子ども・教育政策課(教)が担当しています。

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