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最終更新日 2011年6月24日
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個人情報保護審査会答申(第12号)

答申第12号
2000年2月15日

中野区教育委員会殿

中野区個人情報保護審査会
会長 井出嘉憲

中野区個人情報の保護に関する条例第33条第2項の規定に基づく諮問について(答申)

 1999年2月12日付け、10中教庶第236号による下記の諮問について、2000年2月7日開催の第90回個人情報保護審査会において審議内容を確定したので、別紙のとおり答申します。

諮問事項

自己情報不開示等決定処分に係る異議申立てについて(諮問)

1 審査会の結論

 本件異議申立人の開示請求にかかる中野区立小学校の指導要録に関し、実施機関(中野区教育委員会)が一部不開示とした部分は、在学中の児童本人側に全部開示することが妥当である。

2 異議申立ておよび経緯

 異議申立人(以下「申立人」という。)は、1998年10月5日、中野区個人情報の保護に関する条例(以下「条例」という。)22条に基づき、実施機関である中野区教育委員会(以下「区教委」という。)に対して、その自己情報である上記学校の児童指導要録における第1・2・3年次分の開示を請求したが、同年12月4日付で、「各教科の学習の記録」の「所見」、「特別活動の記録」の「事実及び所見」、「行動の記録」の「所見」および「指導上参考となる諸事項」の部分(以下「『所見』欄等」という。)については、不開示の決定を受けた。

 申立人はこの一部不開示決定を不服とし全部の開示を求めて、1999年2月8日区教委に対し異議申立てをした。そして、同年2月12日付で、区教委から当審査会に対し、条例33条2項に基づく諮問がなされたものが、本件である。

 当審査会の審査において、実施機関・区教委から1999年3月19日付けで「理由説明書」が出され、これに対して申立人側は、同年5月31日付で「意見書」を提出するとともに、同年10月22日上記の法定代理人が当審査会に対する口頭意見陳述を行った。

3 審査会の判断

 中野区立学校の指導要録の本人側開示に関しては、すでに当審査会は、19993年10月8日付の一連の答申において一定の判断を公にしており、そこに示した条例解釈は今日的にますます妥当と考えられるので、本件の審査においても基本的にそれを前提として判断する。

(1)「所見」欄等の教育評価制度としてのあり方について

 この点に関する実施機関・区教委の主張は、本人不開示制という伝統的な前提を維持すべきだとする理由として、「指導要録が教育、指導の原簿としての性格をもつ」ものであり、本人側開示は「当たり障りのない形式的な記述になってていまう可能性」を有し、「本来あるべき指導の原簿としての機能を著しく弱めてしまう恐れ」がある、というものである(理由説明書、別紙1)。なお、上記異議申し立て先例に対する中野区教育委員会の決定(平6年6月17日)も同旨であったが、こうした指導要録の「形骸化」論は、一部の高裁判例にも支持されている(東京高判 平成6年10月13日、同10年10月27日)。

 それに対して申立人側では、「性格や行動までを評価されること、更にそれを隠されることに生徒も保護者も不信感を募らせている」、学校教師に人間的評価を行う一方的な立場は本来ないはずだと唱えている(意見書、口頭意見陳述)。

 ます第1に、指導要録が、区教委の言うような「継続的な指導、教育を行うための基礎資料」(理由説明書)としての「原簿」であるとしても、すでに当審査会が上記の先例答申で記したとおり、「学校内原簿であることから学校がその部外秘的取扱いを自由に決められるというものでもない。個人情報保護所条例をもつ自治体の公立学校にあっては、そこに存する個人情報記録の公文書について原則的に本人開示請求権を保障すべく義務付けられているのであって、学校内の原簿であることだけを理由に、……条例上の本人不開示事由に当たると考えることは許されないと言わなくてはならない。」

 また第2に、本人側開示による「所見」欄等の「形骸化」のおそれについては、そもそも本人側開示の効果・結果をもって「形骸化」と見るべきかどうかは、指導要録の現行様式における小さな「所見」欄等に教育評価の制度上いかなる意義を求めるべきかの問題であろう。

 そこで第3に、問題はむしろ、指導要録の「所見」欄等における学校教師による子どもに対する人的教育評価記載の正しい制度的位置づけに在る。

 この点、実施機関・区教委は、「指導要録は、教師が児童生徒の特長や指導上の留意点を総合的専門的見地から、客観的かつ公平に判断し、ありのままを記入するものである」と主張している(理由説明書・別紙1)。一部の高裁判例にも同旨の指摘がある(東京高判 平成6年10月13日、同10年10月27日)。

 それに対して申立人側は、「客観的かつ公平」な人的評価判断をなしうる教師が果たして実在しうるのかを疑っている(意見書)。

 そもそも、日本国憲法26条にいう「教育を受ける権利」の主旨が、「子ども」本人の人間としての成長発達の社会的保障を意味していると解するべきことは、最高裁大法廷の判例として正当に公認されている(学力テスト事件の昭51.5.21判決)。従って、学校教師による教育評価はすべて、「子ども」本人の人間的成長貼ったうを促しうるしくみでなくてはならない。

 そこで、これもすでに当審査会が先例答申において指摘したとおり、「子どもの『教育への権利』(『教育を受ける権利』)に基礎を置く今日の学校教育にあっては、不利益な評価結果であるほど、しかるべく親や本人に知らされる必要があり、教師間だけにおける適正・厳正な不利益評価とその秘密記載に大きな教育的意味を付する制度の合理性は疑わしい。既に、各学期ごとの学校教育評価の情報伝達はいわゆる通知表によって正式になされているのであって、それと一応別個に各学年ごとの総合的評価情報が指導要録に記されている場合、それを秘密の”二重帳簿”にする合理性は乏しいと考えられる。不利益評価とその記載の本人側への伝達をないするような教育専門的な工夫・検討が学校の教育責任に属するであろう。」「指導要録の本人開示をめぐって、教育評価の『適性』確保と『公正』確保との間を調整する必要が生ずるとするならば、公正確保のほうを優先させるべきものと考えられる。」

 こうした当審査会の解釈を、新たにうらづける最近の高裁判例として、大阪高裁判決(平成11年11月25日)のつぎの判旨が、きわめて妥当であると考えられる。「仮に、……マイナス評価が記載されるのであれば、……日頃の指導においても本人あるいは保護者に同趣旨のことが伝えらえれ、指導が施されていなければならないものというべきである。日頃の注意や指導等もなく、マイナス評価が調査書や指導要録にのみ記載されるとすれば、むしろ、そのこと自体が問題であり、これによって生徒と教師の信頼関係が破壊されるなどというのは失当である。確かに、評価それ自体は教師の専権であり他から訂正等を強制されるものではない。しかし、事実誤認に基づく不当な評価は正されなければならない。」

 (2)「所見」欄等の本人側開示に伴ういわゆるリアクションについて

 実施機関・区教委は、この点に関し主につぎのように主張していると解される。すなわち、「指導要録に記載される評価は、……人間として未完成で揺れ動いている成長途上の一時期の記録であり、固定的なものではないが、これを本人又は保護者が見た場合、学校又は教師の絶対的な評価として受け止められる可能性は大であり」、「児童生徒に対する教師と保護者の見方が大きく異なる場合が想定され」、全部開示した場合、「本人あるいは保護者の学校、教師に対する反発から信頼関係を損ない」、開示の「弊害のほうが深刻であり」うる(理由説明書、別紙1)。

 これに対して申立人側は、つぎのように反論している。すなわち、「教師と保護者の見方が大きく異なるのは当然」ありうるが、「開示の際に説明すれば済むことであり、説明しても理解されないと考えているならば、生徒保護者に対して絶対の不信感がそこにあると思われる。」教師たちも「所見」欄等には悩んでおり、現に親とフィードバックして書く教師もいるので、開示による親からの圧力を強調するのは不可解である(意見書および口頭意見陳述)。

 この争点に関しては、当審査会の前記先例答申においても、「伝統的な指導要録制度における評価記載を、……すべて本人開示とした場合には、教師にとって予想外の負担となるような内容的反発が親や本人の側から出てくる可能性があり、とりわけ本人が現に在学中であるときは、その可能性が大きいことに配慮する必要があろう」としながらも、本人開示による教育評価の「公正」確保の重要性にかんがみ、同時に前記のとおり、「不利益評価とその記載の本人側への伝達をなしるうような教育専門的な工夫・検討が学校の教育責任に属する」ことを強調していたのであった。

 もっとも、この本人開示に伴うリアクションの問題については、近年における前記の高裁判例において見解が大きく分かれているようななので、改めて検討する余地はありえよう。

 一方で、東京高裁判決(平成6年10月13日)によると、「父兄についても我が子のマイナス面の評価について冷静かつ素直に受け止めることは必ずしも容易なことではないから、児童本人や父兄との議論は、かえって、正しい判断の支障になることが考えられる」(同旨、東京高判 平成10年10月27日)。それに反して、大阪高裁判決(平成11年11月25日)によれば、「開示により感情的なトラブルが生じないとは言えないが、……このようなトラブルは適切な表現を心掛けることや、日頃の生徒との信頼関係の構築によって避け得るものであり、これに対処するのも教師としての職責である」。

 ここでの現実問題は、子どもの教育上の評価をめぐり学校教師と親・本人との間に見解の相違や対立がある場合であるが、そうした教育評価情報の取扱いに関しては、今日、情報および教育に関する法制や社会意識の時代的変遷状況に応じた取り組みが期待されていると言うべきである。

 すでに述べたごとく現行の個人情報保護条例の下では、公文書上の個人評価情報は本質的に本人側の「自己情報」として、その保護を図るため本人開示原則が採られている。それと同時に今日の学校教育制度にあっても、「児童の権利に関する条約」を1994年に批准した下で、「子ども」本人の人間的成長発達を現実に保証できる責任ある教育評価のしくみに改善・発展せしめられていくことが求められていると解される。

 そこれで今日においては、子どもの教育評価情報を本人側に開示しない伝統的制度をあくまで前提に置いたうえで、開示による親子本人側のリアクション状況を予測するといった問題の取り上げ方自体、正当ではなく、子ども本人の人権にかかわる本人側開示を支障少なく行えるような学校教育のしくみないし運営への改善・発展の可能性を可及的に求めていくことが相当であると言えよう。

 中野区立学校にあっては、すでに当審査会の前記先例答申に基づく措置として、指導要録「所見」欄等の卒業生に対する本人開示が行われており、在校生に関しても、本人開示への制度変更の可能性が追求されてしかるべきであったと考えられる。現に中野区教委としても1993年答申の直後において、「在校生については、答申の趣旨を踏まえ、指導要録全部開示にむけて、必要な条件整備を図っていく」という見解を持してきたとのことであり(理由説明書)、そうであるならば、すでに数年間を経ている今日、本人側開示への制度変更に伴うリアクション問題についても、それに対する教育改革的な取り組みこそが求められているのである。

 なお、たとえ高裁判例の一部において本人不開示が合法と解されていても、すでに在校生開示制を採る自治体が現存することでもあり、その本人開示が条例に適合するとの解釈に立ってその実現可能性を追求することは、何ら当該判例に反するものではないと解される。

 (3) 結論の判断

 かくして、区立小学校在学中の本件申立人の指導要録における「所見」欄等を本人側不開示とすることは、今日の段階にあっては、実施機関・区教委が主張するごとく、条例26条3号(「評価、……指導に関するもので、本人に開示しないことが正当と認められるもの」)および同上4号(「開示することにより実施機関の公正又は適正な職務執行が著しく妨げられるもの」)に合理的に該当するとは解されえず、したがって、在学中の本人の請求であってもすべて開示することが妥当であると判断される。

4 本件不服審査の処理経過

  1. 1999年2月8日、申立人は、1998年10月5日付けの開示請求に対する不開示等決定処分に不服があるとして、条例33条1項の規定に基づき、実施機関に異議申立てを行った。
  2. 1999年2月12日、実施機関は、本件異議申立てにつき条例33条2項の規定に基づき、当審査会に諮問を行った。
  3. 1999年2月15日、審査会は、実施機関に対して不開示等理由説明書の提出を求めた。
  4. 1999年3月19日、実施機関から審査会に対して不開示等理由説明書が提出された。
  5. 1999年4月15日、審査会は、実施機関から提出された不開示等理由説明書の写しを申立人に送付し、意見書の提出を求めた。
  6. 1999年5月31日、審査会は、申立人から意見書を受理した。
  7. 1999年9月6日、審査会は、実施機関からの事情を聴取した。
  8. 1999年10月22日、審査会は、申立人からの意見を聴取した。
  9. 審査会は、本件異議申立てにつき、1999年2月15日、3月5日、4月12日、5月17日、6月14日、7月2日、7月12日、9月6日、10月22日、11月26日、12月20日、2000年1月18日、2月7日、と審議を重ね、上記結論をえた。

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