平和の森公園
平和の森公園は、中野刑務所跡地に開設された公園です。昭和55年から地下式の下水処理場とともに防災公園として順次整備をすすめ、現在芝生広場など第二期工事まで完了開園しています。
また、発掘調査の結果、弥生時代を中心に縄文時代、古墳時代の住居址や多数の土器が出土した場所です。
面積
約54,700平方メートル
特徴
構想の段階から下水処理場と公園との兼用として計画された防災公園です。
主な施設
少年のスポーツ広場
約4,200平方メートル 小中学生のソフトボール、サッカーや小学生の登録団体の野球の試合に利用できます。
一般利用もできますが、小中学生の利用が優先で、利用時間帯を分けていますので詳しくは利用ガイドをご覧ください。
なお、硬球、スパイクの使用、ゴルフはできません。
芝生広場
約11,600平方メートル芝生の広場です。競技としてのスポーツ以外は自由に使えます。自転車やバイクの乗り入れはできません。犬を連れては入れません。

芝生広場
トリムの広場
楽しみながら健康づくりを行う広場です。大人も利用できます。取り組み方によっていろいろな運動を組み合わせることができます。

トリムの広場
水辺の広場
池、州浜、滝を小川でつないだ広場です。
児童コーナー
木製遊具、砂場、小広場があります。

児童コーナー
じゃぶじゃぶ池
夏季のみ開設する、未就学児童が水遊びのできるプールです。
弥生時代の復原住居
弥生時代後期の住居を復原しています。内部は炉や貯蔵穴、当時使用していた土器や農耕具などの生活用具の複製品を展示しています。

弥生時代の復原住居
平和の森公園北遺跡・新井三丁目遺跡
昭和39年、旧中野刑務所の構内で掘った穴から、弥生時代の住居址と土器などが発見されました。このため、この付近には土中に眠った集落の存在が予想され、埋蔵文化財宝蔵地として指定されました。
刑務所が廃庁となり、跡地が公園や下水処理場として整備される前に、発掘調査を実施しました。調査の結果、弥生時代を中心に縄文時代と古墳時代の住居址や多数の土器などが出土しました。
調査結果は、平和の森公園北遺跡及び新井三丁目遺跡の両調査報告書にまとめられています。また、公園内に弥生時代の住居を復原しています。
利用案内
場所
中野区新井三丁目37番6号
(公園事務所 電話番号03-3385-4150)
交通
- 西武新宿線沼袋駅南口より徒歩3分
- JR中野駅北口より徒歩17分
入園料
無料
沿革
平和の森公園は、中野刑務所の跡地に建設される公園です。
明治43年 市谷監獄移転、豊多摩監獄、豊多摩刑務所と改名
昭和29~50年 区民、区議会、行政一体の刑務所敷地の解放を求める区民運動、区議会より法務大臣に要請書提出。区民運動継続
昭和31年 復帰反対期成同盟、法務大臣に陳情書提出 米軍の接収解除
昭和32年 中野刑務所再開
昭和50年 刑務所の廃庁声明
昭和55年 中野刑務所跡地利用計画区民協議会設置、都下水処理場、区公園用地として8.4ヘクタール取得
昭和56年 中野刑務所跡地利用計画区民協議会“緑の広場と避難場所”防災公園計画まとめ
昭和58年 廃庁
昭和60年 平和の森公園2.5ヘクタール部分開園
平成7年 都地下式の下水処理場、建設一次稼動
平成14年 平和の森公園第二期5.5ヘクタール開園(未開園面積 1.0ヘクタール)
