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最終更新日 2018年4月1日
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平和資料展示コーナー

 平成28年4月11日(月曜日)から、中野区役所4階に「平和資料展示コーナー」を常設しました。平成28年3月31日まで平和の森公園事務所内「平和資料展示室」で展示をしていた平和資料の展示を行っています。定期的に展示内容の入れ替えを行いますので、ぜひお立ち寄りください。

現在展示中のパネル・実物資料

パネル画像 説明
中野の戦火 中野の戦火
中野区内の空爆被害状況 中野区内の空爆被害状況
富士山 富士山が大きく見えた
焼け野原 一夜明けたら焼け野原
東中野一丁目 焼けてしまった東中野一丁目付近

 竹槍の訓練

竹槍の訓練(大和町八幡神社)
婦人会の活動 婦人会の活動
食糧難 食糧難のため庭でさつまいもを作った
防空壕 警報がなるたびに防空壕へ
金属の山 供出された金属の山
実物資料画像 説明
目覚まし時計

中野の空襲を受けた目覚まし時計

中野の空襲(1945(昭和20)年5月)の際、中野区本町2丁目(当時の朝日ケ丘)で発見された。硝子が溶けて、針は12時近くをさしたまま文字盤に溶けついている。

作家 早乙女勝元氏より寄贈

ガラス

焼夷弾によって溶かされたガラス

1944(昭和19)年、現在の中野区上高田5丁目に落ちた焼夷弾によるもので遠藤山遺跡より出土

双眼鏡

警防団が使用した双眼鏡

空襲警報の時、警防団(防護団と消防組が一緒になったもの)がこの双眼鏡で「B29」を見張っていた。

上高田 原田義武氏より寄贈

水筒

アルミ製(左)と陶製(右)の水筒

鉄や銅などの金属製の家庭用品は兵器の生産に使われるため国にさしだされ、陶製やアルミ製のものがつくられました。

罹災証明書

罹災証明書

空襲によって焼けた証明。配給を受ける時、駅で切符を購入する時、銀行で手続きをする時等、この証明書が必要だった。この証明書あると、優先的に列車に乗せてもらえたりした。

松ヶ丘 伊藤氏・若宮 川瀬竹次郎氏より寄贈

引揚証明書

引揚証明書(復員証明書)

エトロフから函館に帰ってきたときの証明書

若宮 川瀬竹次郎氏より寄贈

衣料切符

衣料切符

統制の始まり。1938(昭和13)年には国家総動員法は施行され、政府は議会の承認なしに、国民生活を統制できるようになった。政府は米をはじめ、砂糖やマッチ、衣料などの食料や日用品を、政府が発行する手帳や切符がなければ買えなくするなどの統制を行い、国民生活は大変苦しいものとなりました。戦争のための軍事物資の生産が優先され、食料品や生活用品などの製造・販売が切符制になりました。

東中野 栗田よね江氏より寄贈

国債

国債

昭和13年から国民貯蓄奨励運動が実施され、貯蓄の奨励が始まった。集められた資金は軍需会社への融資や国債の引き受けにあてられた。国債の売り出しは昭和12年11月から始まり、昭和16年11月まで26回実施され、累計で約20億円に達した。町会に割当てが課され、国民に強制された。

本町 御子柴いな子氏・沼袋 小野武氏より寄贈

従軍証明書

従軍証明書

陸軍気象部に従事している証明書

新井 林とし子氏より寄贈

旅行証明書

旅行証明書

陸軍軍属の時、「緊急公務のため」に昭和20年8月12~13日にでた旅行証明書

新井 林とし子氏より寄贈

罹災証明書

罹災証明書

昭和20年5月25日、中野の空襲の罹災証明書

新井 林とし子氏より寄贈

国債

国債

沼袋 小野武氏より寄贈

次回の展示予定

次回は平成30年8月に入替えを行う予定です。

これまでの展示内容

このページについてのお問い合わせ先

政策室 企画分野 平和・国際化担当

区役所4階8番窓口

電話番号 03-3228-8987
ファクス番号 03-3228-5476
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受付時間 月曜日から金曜日までの午前8時半から午後5時まで(祝休日、年末年始を除く)

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