本格的な夏のはじまりを告げるかのごとく、海の日を前にした土日に毎年開催されている「中野チャンプルーフェスタ。
2005年に第1回が開催され、2006年には東京都の主催する「第2回商店街グランプリ」で見事グランプリを受賞(イベント事業部門)。商店街活性化の画期的な取り組みとして広く認知され、今年で5回目をむかえます。
商店街に響き渡る エイサーの音と若者たちの勇姿、サンプラザ前で行われる夏満載のステージは、すっかり中野の夏の風物詩となりました。
そのお祭りの仕掛け人は生粋の中野っ子・長谷部智明さん。現在は昭和新道商店街の会長をしながら「中野チャンプルーフェスタ」実行委員長も務めています。
今年の開催を前に、「中野チャンプルーフェスタ」が生まれるまでと、「中野チャンプルーフェスタ」のこれからを語っていただきました。
(2009年6月/立ち飲み屋 パニパニにてインタビュー)
僕個人としてはね、特に沖縄に思い入れもなかったし、行ったこともなくて、エイサーのことも何も知らなかったんですよ(笑)。
ただ中野にずっーと住んでいて、商店街がさびれていく危機感と、中野が胸を張れるような代表的なお祭りがどうしてないんだろうという疑問をずーっと抱いていたんです。漠然とね。 もちろん「中野まつり」や「桜まつり」はありますけど、高円寺でいう「阿波踊り」みたいな、区外からもたくさん人が来てくれるような、ああいうお祭りってないでしょう。
だから「中野で何か面白いことやりたいな」という想いが常にあったんです。

実は、第1回の「中野チャンプルーフェスタ」の前年に、「昭和新道商店街夏祭り」でエイサーをやってまして、これはたまたま商店街の中に「あしびなー」という沖縄料理屋があってね。 そこのオーナーの金城吉春氏が東京でエイサーをやった草分けみたいな人だったから、金城氏の知り合いのエイサー団体に来てもらって、この商店街の一角だけでエイサーをやってもらったんです。僕は用事があって、見てないんだけど…(笑)。 昭和新道のほんの一角だけでやったこのエイサーを、これもたまたま上鷺宮のエイサー団体「パーランクーチャー上鷺会」の代表・高見幸明さんが見ていたんですね。
高見さんは沖縄の人じゃないんだけど、沖縄とエイサーが好きでエイサー団体を中野に作った人。
毎年中野駅北口の広場で行われている「 アシバ祭」という東京沖縄県人会青年部主催のお祭りや、「 チャランケ祭」という沖縄とアイヌの合同祭の運営をしていて、どっちの祭りも20年近く続いているのに、中野の人にほとんど知られていないのはもったいないって日頃から思っていたみたいで…。
で、昭和新道でやったエイサーを見てピンときて、高見さんが今までやってきたお祭りと商店街をリンクさせた新しいイベントの「企画書」を作って、僕と「あしびなー」の金城さん、中野サンモール商店街の青年部長の渡辺浩之さんのところに持って来てくれたんです。
渡辺さんは僕の友人で、中野の和太鼓団体「打越太鼓」の代表もしているんだけど、二人とも沖縄好きというわけではなかったし、「アシバ祭」も「チャランケ祭」もよく知らなかった。
だけど、「何か中野で面白いことやりたいよね」という気持ちは共通していたんですよね。
だから、沖縄だけでなく「打越太鼓」のような中野の文化も合わせた形でやるという企画だったこともあって、ダメもとでやってみようかということになって、それが2005年に行われた第1回の「中野チャンプルーフェスタ」になったわけです。

いざ「チャンプルーフェスタ」始動!となって、準備期間は約5ヶ月。
沖縄の人たちも含めて、出演団体とともに毎週日曜日は会議室を借りて企画会議をすることになったんだけど、最初とにかく集合時間を守らない人が本当に多くてね。
下手すると1時間くらい平気で遅刻してくるんだよね。僕はその状況をみて、正直「やらなければよかった」と思いましたよ。こんな人たちと祭りを作っていくなんて無理だってね。
だって無責任に行動して、もし祭りの本番でお客さんにぶつかったりして、怪我させて「ごめんねー」じゃ済まないですからね。
だから沖縄の人に嫌われてもいいと思って、「中野のために、この祭りが中野の名物になるという意識でやれますか? ただ、お祭りで踊るだけだったら誰だってできるんだから、だったらやらないほうがいい」ってことを言い続けたんです。
反発するヤツもいたけど、「僕らもやる以上は、中野のために地域貢献できることをやりたい」って言ってくるヤツらもいて、そんなことろから沖縄の青年との交流が生まれていきました。


2005年7月16日土曜日。
第1回チャンプルーフェスタの、エイサーの最初の道ジュネー(練り歩き)が始まるときに、はじめて僕はエイサーの衣装を見て、はじめて三線(沖縄三味線)や太鼓の音を生で聞いたんです。
で、最初の一発目の太鼓の音が「どーん」と鳴った瞬間、「これ、いいじゃん!!!」って思った。
サンモールのアーケードの中をエイサーの音が回っていくのを聞いて、これが中野の「夏の音」「夏の光景」になるんだと直感しました。
まったく先入観なしでエイサーを見た僕がそう思ったんだから、他のお客さんもきっとそう思っていると確信できたんです。
小さい頃から馴染みの場所だったブロードウェイ全体にエイサーの音が響きわたったときなんか、ホント鳥肌がたちましたね。
チャンプルーフェスタを開催する意義のひとつは、商店街へ人を誘引するということ。
このお祭りの主催はあくまで昭和新道商店街なので、昭和新道に人を誘引することが大きな目的でもあるんです。
だからエイサーが先導役となるように、人が集まりやすいサンモールやブロードウェイはもちろん、昭和新道商店街も道ジュネーするようにしたんですけど、ここまでの道のりってけっこう入りくんでいるし、本当にここまで人が来るのかなって最後まで不安でしかたなかった。
でも、道ジュネーが昭和新道に入ったとき「こんなにたくさんの人がこの商店街にいるの、見たことない!」ってくらいの光景になって、すごいなあと思いましたよ。
このお祭りを継続していけば間違いなく大きなものになるって確信することがきでた瞬間でした。

僕は、チャンプルーフェスタをやるまで、沖縄って行った事がなくて、同じ商店街にある「あしびな−」でさえ行った事なかったんです。
でも、最初のチャンプルーフェスタが終わって、エイサーってすごいなー、沖縄ってすごいなーって思って、そのあと3年連続で沖縄へ通いました。
でもね、いわゆる観光地には行かず、エイサーのメッカである沖縄市に行って、ひたすらエイサーを見ていたんです。海をみたっていう記憶はないですねぇ(笑)。
エイサーって旧盆にやる行事で、夜7時から夜中まで、延々とやっているものなんです。
あたりが真っ暗な中、突如エイサーがはじまったのを見た時はあまりにも衝撃的で、これを中野とどうやってリンクさせていったらいいものか…と思い悩んだりもしましたね。
本来エイサーというのは御神輿と同じで、先祖供養で仏様の霊を慰めるために、練り歩くというものなんです。
だから、単なる観光用の見せ物的なエイサーじゃなくて、「本物」のエイサーを中野ではやりたいという想いが湧いてきました。
東京でいう三社祭りや神田明神の神輿みたいな「本物」。どうせやるなら中野にしかない、質の高いものを目指したかったんです。
東京でもあちこちでエイサーを見られるようにはなりましたが、「本物」はほとんど見られないですからね。


毎年、チャンプルーフェスタの企画会議は「今年はやるのか、やらないのか」から始まります。
スポンサーがいるわけじゃないし、準備期間は日曜日が企画会議でつぶれてしまうから家族サービスだってできない。
終わったら終わったで残務整理もあるし、結局なんだかんだで、半年はチャンプルーフェスタにとられてしまうんです。
だから、もうやりたくないって思う人も当然出てきます。普通の中野区民に戻りたいみたいな…(笑)。
でもね、結局気温があがってきて、季節が近づいてくるとなんか体がうずいてきて、「やるしかないでしょー」っていうテンションになってくるんですよ。
今年の「チャンプルーフェスタ」は、エイサー団体の参加は16団体。サンプラザ前のステージの出演者を合わせると総勢800人もの人が中野で「歌って踊って」を繰り広げることになります。
まず見て欲しいのは、開会式での和太鼓とエイサーのコラボレーション。本来リズムが全然違うものが融合する、まさに「チャンプルー」な企画です。
3年前に実験的にはじめて、だいぶスタイルができあがってきましたね。年々熟してきた感じです。
そして、やっぱりエイサーの道じゅねー。沖縄生まれ中野育ちのエイサーをぜひ見て欲しいと思います。
5年前、第1回のチャンプルーフェスタで立ち上げたエイサー団体(東京中野真南風エイサー)は、当初10人くらいしかいなかったのに今では70人の大所帯。沖縄に行ってもひけをとらないエイサー団体に育ってくれて、昨年、日本で最高峰のエイサー祭りである「沖縄全島エイサー祭り」にゲストとして呼ばれて、東京の団体ではじめて330号線を道ジュネーしたんです。これは歴史的な快挙ですよ、沖縄のエイサー団体でもなかなか出られないお祭りですからね。
そうやって徐々に色々なところへ、中野のエイサーが呼んでもらえるようになってきたのは嬉しい限り。
やっとエイサーが中野の文化として認知されはじめて来たという実感があります。
「中野チャンプルーフェスタ」は、沖縄から「種」を持って来たものだけど、中野で植えて育ったものという自負があります。
沖縄からの借り物なんかじゃない、中野で育った芸能文化。それは見る人にも伝わるはずです。
これからも切磋琢磨して、衣装や踊りも沖縄にはないものをやったりして、中野オリジナルのスタイルを追求していきたいですね。
あとはねー、欲を言えば純粋なお客さんになって、「チャンプルーフェスタすごいねえ」なんて言いながらゆっくりエイサー眺めて、オリオンビールでも飲みたいですねえ。
夢はチャンプルーフェスタのお客さんになることかな(笑)。
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